小室哲哉(こむろ てつや、1958年11月27日 - )
シンセサイザー、キーボード、ピアノ、ハモンドオルガン、シンクラヴィア、コーラス、ギター、ドラムス、シンセベース、DJ
作詞、作曲、編曲、リーダー、プロデュース
宇都宮隆(うつのみや たかし、1957年10月25日 - )
ボーカル、ギター、コーラス、ベース
作曲
木根尚登(きね なおと、1957年9月26日 - )
ギター、ピアノ、キーボード、ハーモニカ、ベース、コーラス
作詞、作曲、編曲
小簡介
日本音樂教父小室哲哉的出道樂隊(duì),成軍于1983年,第一張專輯于1984年發(fā)表,是一個(gè)以電子音樂為主的三人樂團(tuán)。其成員為小室哲哉(鍵盤,合成器,背景和聲),宇都宮隆(主唱,民謠吉他),木根尚登(電吉他,民謠吉他,鍵盤,口琴,背景和聲)。編外成員還包括葛城哲哉(電吉他),阿部熏(鼓手),北島健二(吉他),西村麻聰(現(xiàn)Fence of Defence,貝司),山田亙(現(xiàn)Fence of Defence,鼓手),淺倉大介(現(xiàn)TMR,鍵盤)、松本孝弘(現(xiàn)B'z,吉他)等等,以及御用作詞人小室みつ子。以上成員合稱TM家族。TM Network的名字原本含義為TAMA(多摩地區(qū)) Network,但是被重新理解為TimeMachine Network,歪打正著,“時(shí)間機(jī)器”一名正好非常精確地概括了這個(gè)樂隊(duì)的特點(diǎn)。
TM Network的前身是Speedway樂隊(duì),后小室哲哉和木根尚登從Speedway起源另起爐灶組成TM,邀請(qǐng)宇都宮隆作為Vocal加入,簽約Epic/Sony Records,自此開始TM Network的音樂生涯。(而Speedway并未解散,仍偶爾有曲目推出,2007年TM Network的最新專輯即以Speedway命名)。首年推出單曲金曜日のライオン (Take it to the Lucky),同時(shí)包含這首曲目的專輯RAINBOW RAINBOW發(fā)行,但并未取得很大反響,直到同年7月的單曲「1974 (16光年の訪問者)」(實(shí)際上曲目已包含在RAINBOW RAINBOW中)獲得了極大好評(píng),才漸漸在日本音樂界站穩(wěn)腳跟。隨后發(fā)行的一系列專輯,以電子音樂為主導(dǎo),風(fēng)格多變,曲風(fēng)前衛(wèi),具有實(shí)驗(yàn)性和藝術(shù)性并重的特點(diǎn),受到了極大的歡迎,也使得TM Network慢慢崛起成為日本80年代最重要的樂團(tuán)之一。80年代TM發(fā)行的最重要一張專輯是1988年發(fā)行的『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』,首次采用整體性的概念專輯和一套完整的營銷計(jì)劃,整個(gè)CAROL營銷計(jì)劃包括了一部動(dòng)畫OVA,一部FC游戲,一張專輯,一本小說和一場(chǎng)Live演唱會(huì),相輔相成,整體性極強(qiáng),在當(dāng)時(shí)是非常超前和大膽的。這張專輯在20年來已經(jīng)達(dá)到了百萬銷量。
(敲得累死了,這么老牌的樂隊(duì)居然沒有一份中文介紹……)1990年,TM Network更名為TMN,這一時(shí)期小室哲哉開始將工作重心轉(zhuǎn)向職業(yè)音樂人和制作人,木根尚登與宇都宮隆也開始了各自的Solo事業(yè),TMN在90至94年總共只發(fā)行了兩張專輯,據(jù)說是由于業(yè)績不善,公司決定解散TMN(這顯然不是樂團(tuán)成員自己的決定,詳見下文),在1994年發(fā)行了最后的單曲Nights of the Knife,并舉辦了兩場(chǎng)告別演唱會(huì)Last Groove,這兩場(chǎng)演唱會(huì)被譽(yù)為TM現(xiàn)場(chǎng)演唱會(huì)的集大成之作,也成為TMNLive史上的一個(gè)轉(zhuǎn)折點(diǎn)。
1994年以降,TM處于名義上的解散狀態(tài),只是發(fā)行了一系列回顧精選集,但是樂團(tuán)成員的個(gè)人事業(yè)仍然在活躍。小室哲哉作為制作人和創(chuàng)作者在日本樂壇取得了爆炸性的成功,可以稱為主宰了整個(gè)日本的音樂工業(yè),并捧紅了一大批偶像級(jí)的歌手。宇都宮隆與木根尚登發(fā)行了大量高質(zhì)量的Solo碟,并定期舉辦演唱會(huì)。1996年,小室哲哉為宇都宮隆創(chuàng)作了單曲Discovery,并用于自己制作的PS游戲Gaball Screen中。同年三人還合作了一首名為Detour的單曲,也作為那個(gè)游戲的主題曲之一發(fā)布,雖然并未以TM名義發(fā)表但事后還是收入了TM的單曲精選集Time Capsule中。同一時(shí)期小室還為木根操刀制作了他的Solo碟Remember Me。這三者連同那一PS游戲的發(fā)表是TMN三子在解散后首次公開合作,被視為TM走向重組的轉(zhuǎn)折點(diǎn)。隨后,小室在1997年透露了可能重組的消息,這個(gè)消息直到1999年才得到實(shí)現(xiàn),1999年年末,隨著宇都宮主演日語版百老匯音樂劇RENT檔期的結(jié)束,TM Network正式重組,簽約TRUE KiSS DiSC,恢復(fù)原名,并發(fā)表精選集和新單曲,舉辦了多場(chǎng)Live演唱會(huì)。
2000年,TM另一場(chǎng)具有重大轉(zhuǎn)折意義的演唱會(huì)Major Turn-Round Tour開始巡回,樂隊(duì)同時(shí)在小室自己的唱片公司Rojam Entertainment發(fā)行了同名專輯。這張專輯和這場(chǎng)演唱會(huì)以網(wǎng)絡(luò)營銷的手段,極端整體性的音樂概念,游離在主流和獨(dú)立之間的音樂風(fēng)格和超前的交響式的電子樂長曲向當(dāng)時(shí)的樂壇扔出了一顆重磅炸彈。雖然在商業(yè)上并沒有取得很大的成功,但是在藝術(shù)上的高度成就是沒人可以否認(rèn)的。
近年,TM依然活躍在日本的樂壇,自2001年起簽約Yoshimoto R&C Japan,最近的一張專輯是2007年發(fā)行的民謠曲風(fēng)的Speedway,同年還舉辦了Live演唱會(huì)“Remaster”。2008年的小室哲哉“詐騙案”曝光后,TM另外的成員紛紛在言語和行動(dòng)上表示了對(duì)他的信任和一如既往的支持,隨后的事態(tài)發(fā)展也證明了他們信任的正確性。日前,以宇都宮Solo名義舉辦的TM25周年演唱會(huì)DVD“Small Network”將于2010年4月28日公開發(fā)售,在這盤DVD里可以明顯的看到宇都宮因?yàn)樾∈乙皇峦蝗幌萜饋怼靖灿行聦]嫾磳l(fā)行。相信TM三子會(huì)挺過這一難關(guān),在未來的日子里為世界樂壇送上一如既往的好音樂,好作品。(by vangel 轉(zhuǎn)載請(qǐng)注明來自xiami)
TM NETWORKは小室を中心とした3人組であり、作曲と編曲は小室がそのほとんどを手がけ、いわゆるTMサウンドを編み出している。また、木根尚登が書く繊細(xì)なメロディは定評(píng)があり、特にバラードは「木根バラ」と呼ばれ親しまれている。
作詞の多くはシンガーソングライターで小説家の小室みつ子(アルバム『GORILLA』までは「西門加里」のペンネーム)が手掛けているが、小室による作詞も多く、まれにメンバー3人共作の作品もある。初期には松井五郎、三浦徳子、川村真澄などといった有名作詞家の他、TMNリニューアル後は腳本家の坂元裕二も詞を提供している。
1980年代末よりシンクラヴィアを?qū)毪、現(xiàn)在では一般化されたハードディスクレコーディングを行うといった點(diǎn)も時(shí)代を先取りしていたといえる。
デビューアルバム『RAINBOW RAINBOW』は、デビュー前にEPICソニーに持ち込んだデモテープからの曲がほとんどで、1985年の2ndアルバム『CHILDHOOD'S END』、『TWINKLE NIGHT』までは當(dāng)時(shí)洋楽の主流とされたニューロマンティックの影響が色濃くみられた。1986年の『GORILLA』で、FUNK(ファンク)、PUNK(パンクロック)、FANS(ファン)の要素を組み合わせた「FANKS」という造語を全面に打ち出し楽曲スタイルに変化がみられたが、それでもヒットには繋がらなかった。4thアルバム『Self Control』の頃には小室の楽曲にオリジナル性が確立され、全國ネットの音楽番組に出演するなどしたがそれでもまだヒットと呼べるにはほど遠(yuǎn)く、ディレクター小坂洋二をはじめとするスタッフ間で「売れるシングルを」との協(xié)議のすえ誕生したのが1987年のシングル『Get Wild』だった。この曲のヒットによりTM NETWORKの方向性が確定的なものとなり、シンセポップの名盤『humansystem』を誕生させている。翌1988年には『COME ON EVERYBODY』で紅白歌合戦に出演。同年リリースの『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』ではブリティッシュロック色を全面に打ち出したコンセプチュアルアルバムとして小説やアニメなどのメディア展開もされ、アコースティック志向なアルバムとなった。1989年のリプロダクションアルバム『DRESS』では、當(dāng)時(shí)海外で活躍していたナイル・ロジャースたちをサウンドプロデューサーに迎え、ユーロビート、ファンクなどのダンスミュージックをリミックス(小室は「リ・プロデュース」という造語でこの作品のコンセプトを定義した)という形でリスナーに浸透させた。
1990年、TMNリニューアル後の『RHYTHM RED』ではシンセサイザーをフィーチャーしたプログレッシブ・ロックの流れを汲みハードロック路線を全面に打ち出した。1991年の『EXPO』では、テーマを「月とピアノ」と題して、ハウスミュージックを主體としつつも、フォークソング、ハードロックなど様々な音楽性を取り入れたアルバムとなったが、同時(shí)にTMN名義としては最後のオリジナルアルバムともなる。
TM NETWORK復(fù)活後にリリースしたシングルはテクノ、クラブミュージックの要素が強(qiáng)い。2000年にインディーズよりリリースした『Major Turn Round』は1970年代プログレを意識(shí)したハードロックとなっており、アナログシンセを中心とした音構(gòu)成となっている。2004年の『NETWORKTM -Easy Listening-』では前作の反動(dòng)からか、トランス要素が非常に強(qiáng)く、収録曲は過去のリメイク曲が多數(shù)を占めている。
復(fù)活後(1999年)以降の活動(dòng)に関しては、終了(1994年)以前の頃よりも、メンバーそれぞれのソロや、小室のglobeとしての活動(dòng)も並行しているため、TMとしての活動(dòng)周期の間隔が長く、オリジナルシングルやオリジナルアルバムも1度リリースすると次回作まで數(shù)年の周期がかかっているのが紛れもない事実であるため以前より『勢(shì)いが弱い』ともいわれる所以である。主に活動(dòng)していた時(shí)期は1999年後半~2000年、2002年、2004年、2007年後半~2008年前半。それら以外では宇都宮や木根は自身のソロもしくは下記のトリビュートライブ、小室はglobeの活動(dòng)をしていた。ちなみにデビュー(1984年)から終了(1994年)までの10年間にリリースしたオリジナルシングルは28枚、オリジナルアルバムは9枚(ミニアルバム含む)、それに対し、活動(dòng)再開(1999年)から2009年現(xiàn)在の10年間にリリースしたオリジナルシングルは9枚、オリジナルアルバムは3枚と以前、以後とを比較して3倍に相當(dāng)する差である。
2004年にCDをリリースした後は、(小室が參加していない)トリビュート・ツアー以外で目立った活動(dòng)は行われなかったが、2007年10月に小室・宇都宮・木根の3人でTM NETWORKとしての活動(dòng)を再開し、シングルおよびアルバムが発売された。その最中の2008年11月4日に小室が詐欺容疑で逮捕されるという事態(tài)が発生した(その後2009年5月に執(zhí)行猶予が付いた有罪判決が確定)。宇都宮は「彼とともに音楽を作り、笑い、悩み、楽しんできた僕らの歴史は変わりません」、木根は「僕は、彼がゼロから立ち直る力も持っていると思います。TM NETWORKの復(fù)活もあると信じています」と今後の活動(dòng)についてコメントしている。
大事件
1983年
新たな音楽を模索していた小室哲哉が木根尚登にバンドではなくユニットという形で音楽活動(dòng)をすることを打診。SPEEDWAYはそのまま休眠狀態(tài)となる。元々はオーストラリアの外國人ボーカリストをボーカルに據(jù)える考えであったが、ビザの期限切れで國內(nèi)退去となった為、別バンドで活動(dòng)していた宇都宮隆を引き抜く形で結(jié)成。
5月、ユニット名を「TM NETWORK」と命名する。
8月、フレッシュサウンズコンテストで「1974」を演奏し、 満點(diǎn)の評(píng)価を得てグランプリに輝く。
9月10日、Epic/Sony Recordsと正式契約。
1984年
4月21日、Epic/Sony Recordsより、1stシングル「金曜日のライオン (Take it to the Lucky)」、1stアルバム『RAINBOW RAINBOW』の同時(shí)リリースでデビュー。キャッチコピーは「金色の夢(mèng)を見せてあげる」。
6月18日、初のライブツアー『DEBUT CONCERT』開催(7月17日まで、2都市3公演)。オフィシャルで公表されていないライブツアーである。
7月21日、2ndシングル「1974 (16光年の訪問者)」リリース。北海道地區(qū)で大ヒットする。
9月1日、オフィシャルファンクラブ『TIMEMACHINE cafe』発足。
12月5日、ライブ『ELECTRIC PROPHET』開催(12月27日にも開催、2都市2公演)。
1985年
6月21日、2ndアルバム『CHILDHOOD'S END』リリース。
6月22日、ファンイベント『PARTY OF TM VISION』スタート(11月3日まで、11都市13會(huì)場(chǎng))
8月25日、1stビデオ『VISION FESTIVAL』リリース。
9月27日、ライブツアー『DRAGON THE FESTIVAL featuring TM NETWORK』スタート(11月27日まで、8都市8公演)。
11月28日、1stミニアルバム『TWINKLE NIGHT』リリース。
1986年
2月21日、TBS開局35周年記念イベント『ANNIVERSARY ROCK FESTIVAL』參加。
6月4日、3rdアルバム『GORILLA』リリース。
6月10日、ライブツアー『TM NETWORK TOUR '86 FANKS DYNA☆MIX』スタート(7月18日、14都市14公演)
8月23日、野外ライブ『FANKS "FANTASY" DYNA-MIX』をよみうりランドEASTで開催。
11月29日、『YAMAHA X-DAY』に出演開始(12月7日まで、2都市)
12月1日、『SPECIAL LIVE』を福岡マリアクラブで開催。
1987年
2月11日、ファンイベント『FANKS SUMMIT』スタート(12月20日まで、7都市)
2月26日、4thアルバム『Self Control』リリース。
3月10日、ライブツアー『TM NETWORK TOUR '87 FANKS! BANG THE GONG』スタート(5月20日まで、26都市28公演)。
4月8日、10thシングル「Get Wild」リリース。シングル初のオリコンベスト10入りを果たす。
6月24日、ライブ『TM NETWORK FANKS CRY-MAX』を日本武道館で開催。
7月1日、初のベストアルバム『Gift for Fanks』リリース。當(dāng)時(shí)はまだLPが主流だったが、CDのみのリリースであった。最高1位を記録。
11月1日、日本武道館で『YAMAHA BAND EXPLOSION』にゲスト出演。
11月9日、ライブツアー『Kiss Japan TM NETWORK Tour '87〜'88』スタート(1988年2月25日まで、44都市53公演)。
11月11日、5thアルバム『humansystem』、単行本『humansystem』を同時(shí)リリース。
1988年
3月14日、ライブツアー『KISS JAPAN DANCING DYNA-MIX TM NETWORK ARENA TOUR』スタート(4月6日まで、8都市13公演)。
8月25日、ライブ『T-MUE-NEEDS STARCAMP TOKYO Produced by TM NETWORK』を東京ドームで開催。
12月9日『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜 TM NETWORK TOUR '88〜'89』スタート(1989年8月18日まで、24都市64公演)。
12月9日、6thアルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』リリース。自身の全てのCDの中で一番の売上枚數(shù)(ミリオン)を記録。
12月24日、ファンイベント『T-MUE-NEEDS SUMMIT』スタート(2月25日まで、4都市)。
12月31日、「COME ON EVERYBODY」で紅白歌合戦出場(chǎng)。
1989年
4月2日、SF ROCK STATION FINAL EVENT 『THANK YOU TM NETWORK』を合歓の郷で開催(4月3日にも開催)。
5月12日、リプロダクトアルバム『DRESS』リリース。
8月25日、ライブツアー『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』スタート(8月30日まで、2都市4公演)。
8月30日、『クローズド・サーキット・コンサート』。ライブ『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』の最終公演を全國10箇所で衛(wèi)星生中継した。
9月1日、TM NETWORKとしての活動(dòng)を一旦休止。各々ソロ活動(dòng)を開始する。
12月29日、ファンイベント『FANKS THE PARTY』を東京ベイNKホールで開催。
1990年
3月21日、『FANKS FILM COLLECTION』スタート(4月8日まで、54都市57會(huì)場(chǎng))。小室のソロライブの映像とアニメCAROLを上映。
7月7日、TM NETWORK名義最後の21stシングル「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」リリース。
8月8日、ファンイベント『ARENA GATHERING』スタート(8月23日まで、3都市)。
8月28日、TMNリニューアル宣言記者會(huì)見。
9月1日、TMNとして活動(dòng)再開。
9月28日、TMN名義初のCDシングル(通算22nd)「TIME TO COUNT DOWN」リリース。
10月25日、7thアルバム『RHYTHM RED』リリース。
11月3日、公開ゲネプロ『RHYTHM RED TMN TOUR ~THE FORMATION RAP~』を中野サンプラザで開催(11月4日にも開催)。
12月10日、ライブツアー『RHYTHM RED TMN TOUR』スタート(1991年3月13日まで、15都市40公演)。
12月21日、23rdシングル「RHYTHM RED BEAT BLACK」リリース。
1991年
3月21日、『EPIC SONY TMN SPECIAL EVENT』を新宿スペースゼロで開催。
5月22日、25thシングル「Love Train/We love the EARTH」リリース。自身のシングルの中で一番の売上枚數(shù)を記録。
9月5日、8thアルバム『EXPO』、単行本『TMN the PAPERBACK "RHYTHM RED" TOUR DOCUMENT』を同時(shí)リリース。
9月1日、ライブツアー『TOUR TMN EXPO』スタート(1992年2月15日まで、36都市66公演)。
9月12日、『EXPO 3D パビリオン』スタート(2月23日まで、12都市)。
11月30日、「NEC パソコン・フェア・スーパー ライブ『WILD HEAVEN』」を幕張メッセで開催(12月1日にも開催)。
1992年
1月14日、「LAWSON 冬祭り・TMNスペシャル・イベント『PARTY PAVILION』」スタート(2月27日まで、6都市6公演)。
3月12日、『TOUR TMN EXPO FINAL CRAZY 4 YOU』スタート(4月18日まで、5都市9公演)。
4月25日、『TMNフォーク/メタル・パビリオン』を日清パワーステーションで開催。メンバーの趣味によるライブのため、TMNの曲は演奏しなかった。
8月21日、初のライブアルバム『COLOSSEUM I』『COLOSSEUM II』を同時(shí)リリース。
1993年
8月21日、リミックスアルバム『CLASSIX 1』、『CLASSIX 2』を同時(shí)リリース。
9月29日、685日ぶりの27thシングル「一途な戀」をリリース。
12月1日、Act Against AIDS '93に參加。
1994年
4月21日、デビュー10周年のこの日、突如、朝刊全面広告にてTMNの「終了」を宣言。同時(shí)に28thシングル「Nights of The Knife」リリース。ニッポン放送「オールナイトニッポン」プロジェクト終了スペシャルOA。
5月18日、東京ドームにて、TMN最後のライブ『TMN 4001 DAYS GROOVE』の1日目を開催。
5月19日、『TMN 4001 DAYS GROOVE』の2日目を開催し、全ての活動(dòng)が終了。
6月22日、それぞれのメンバーが選曲したベストアルバム『TMN BLACK』、『TMN RED』、『TMN BLUE』、VHS『DECADE (TM NETWORK 1984-1994)』リリース。
1996年
12月12日、ベストアルバム『TIME CAPSULE』リリース。
1997年
小室哲哉、TM NETWORKの再活動(dòng)を宇都宮隆、木根尚登に提案、受諾。小室が生出演した12月25日のニッポン放送「オールナイトニッポン」にて再結(jié)成を発表。
1999年
1月30日、TM NETWORK、TMNそれぞれのベストアルバム『STAR BOX TM NETWORK』、『STAR BOX TMN』を同時(shí)リリース。
3月27日、木根がヴェルディ川崎のサポートソングを「TM NETWORK」名義で発表すると表明。
5月8日、小室のプロジェクト『TRUE KiSS DESTiNATiON Night 福岡』に宇都宮と木根がゲスト出演、「TM NETWORK」として7月に新曲をリリースすると発表。
5月31日、新レーベルTRUE KiSS DiSCのお披露目會(huì)見。
7月22日、TM NETWORK再始動(dòng)後初のCD、29thシングル「GET WILD DECADE RUN」リリース。
10月25日、麻薬・覚せい剤禍撲滅運(yùn)動(dòng)千葉大會(huì)『YES TO LIFE FESTIVAL』參加。
2000年
7月27日、再始動(dòng)後初のライブ『TM NETWORK Log-on to 21st Century supported by ROJAM』を橫浜アリーナで開催。
12月1日、Act Against AIDS 2000『THE VARIETY 8』參加。
12月5日、ライブツアー『TM NETWORK TOUR MAJOR TURN-ROUND Supported by ROJAM』スタート。(2001年1月20日まで、10都市15公演)。
12月25日、インディーズレーベルより9thアルバム『Major Turn-Round』リリース。
小室がオーガナイザーを務(wù)めたイベント『Rendez-vous in Space 2001』に參加。
2002年
この年以降、R and Cに移籍し、前年より発足し、GABALLが在籍していたレーベル「gaball screen」に所屬する。
10月1日、『LAUGH & PEACE PREMIUM NIGHT』開催。
10月30日、35thシングル「CASTLE IN THE CLOUDS」リリース。
2003年
1月1日、ベストアルバム『THE LEGEND』リリース。
2月5日、蔵出し音源CDとインディーズアルバム『Major Turn-Round』のCD2枚組のアルバム『キヲクトキロク 〜 Major Turn-Round』リリース。
2月16日、『LIVE EPIC 25』參加(2月23日まで)。
5月27日、ライブツアー『TM NETWORK tribute LIVE UTSU&KINE'S SELECTION FROM TM SONGS』スタート(6月27日まで、6都市11公演)。小室は不參加。
9月6日、ファンイベント『TM NETWORK FAN EVENT in NAEBA'03』開催(9月7日にも開催)
12月1日、Act Against AIDS 2003『THE VARIETY 11』に參加。
2004年
3月24日、10thアルバム『NETWORKTM -Easy Listening- 』リリース。
3月31日、限定BOX『WORLD HERITAGE DOUBLE-DECADE COMPLETE BOX』リリース。
4月21日、ライブ『TM NETWORK DOUBLE-DECADE“NETWORK”in YOKOHAMA ARENA』開催。DVD『CAROL the LIVE』リリース。
5月20日、ライブツアー『TM NETWORK DOUBLE-DECADE TOUR “NETWORK”』スタート(6月9日まで、8都市12公演)。
6月24日、ライブツアー『TM NETWORK DOUBLE-DECADE TOUR FINAL “NETWORK” in NIPPON BUDOKAN』開催(6月25日にも開催)。
12月22日、ベストアルバム『Welcome to the FANKS!』、DVD『All the Clips』リリース。
2005年
4月8日、ライブツアー『SPIN OFF from TM-tribute live 2005-TOUR』スタート(5月15日まで、6都市16公演)。小室は不參加。
2007年
3月21日、Epic/Sony Records時(shí)代のTM NETWORK名義のオリジナルアルバム8枚の紙ジャケット・リマスター盤をリリース。
3月3日、『SPIN OFF from TM 2007 -tribute LIVE III-』スタート。
10月5日、MySpace公式サイト開設(shè)。
10月31日 37thシングル「WELCOME BACK 2」リリース。
11月2日、11月3日 楽器フェア40周年特別企畫として、パシフィコ橫浜國立大ホールより、3年ぶりのライブツアー「TM NETWORK -REMASTER-」スタート。
12月5日 11thアルバム『SPEEDWAY』リリース。
2008年
3月27日より、『TM NETWORK PLAY SPEEDWAY and TK HITS !!』スタート(5月25日まで、8都市17公演)。
5月28日、ベストアルバム『TM NETWORK THE SINGLES 1』リリース。
11月4日、小室が詐欺容疑で逮捕。11月26日発売予定だったベストアルバム『TM NETWORK THE SINGLES 2』の中止が決定
2009年
9月30日、前年の小室の不祥事により発売が中止されたベストアルバム『TM NETWORK THE SINGLES 2』が発売。